最近のことぼちぼち・・・


by tariho
カレンダー

2006年 09月 06日 ( 1 )

命ある限り・・・

ちょっといつもとは違う雰囲気のタイトルですが・・・。

結婚するまでとある救急病院に勤めていた私。
変な書き方ですが、私の仕事場は毎日のように「生きる」「死ぬ」っていうことが繰り返しあっていた所。
毎朝駐車場に車を止めて病院まで歩いていく時、
大きな箱(建物)を見上げ、「生きる」と「死ぬ」がここの箱の中ではあっているんだよなぁっていつも思っていました。
そして見上げる先にある空を見て、どこか不思議な気持になってました。

仕事場での私は臨床経験が長い方だったので、どうしても病状が重症な方や、
まれな病気の方は私が担当する役目でした。

その中で、難病で現代医療でも治療法が解明されていない方の担当になった時です。
病状としては初めはどうにか歩いて訓練室まで来られてたのですが、
難病の中でも特に進行が早いタイプであったため、
半年後には車椅子、そして数ヶ月には、寝たきりの状態で人の介助がなければ何も出来なくなり、そして食事もうまく飲み込めなくなり、ついに呼吸状態も悪化し、医師と相談して気管を切開することになりました。
ということは声が出ません。意思表示は文字盤を目でコンタクトしたり、わずかに動く指差にタッチセンサーを着けてパソコンとつないでコミュニケーションを図るようしてありました。
しかし病気特有の極度の疲労もあり中々うまく出来ていない状態で、本人も身体的にはもちろんのこと、日に日に進行す病気に不安が募ってました。
リハビリをしても機能回復ではなく、進行を少しでも遅らせる、今持っている機能を保たせるってことがこの方の最大の目標となってました。
(ここで補足として、意識はもちろんのこと、知的能力は全く問題ありません。
つまり意識はしっかりしていて、体のすべての筋肉が動かせなくなる状態)

いつものように夕方その方のお部屋で訓練して、「では、また明日。今日も1日お疲れ様でした。」といって終わりました。
でも翌日この方にお会いする事はありませんでした。
最後にお会いした日の深夜2時に私の携帯がなりました。
その方の担当医からだったのですが、わざわざ私に亡くなった事を知らせてくれたのです。
死因は原因不明の心停止。この病気ではよくある死因。
翌日お通夜に行きました。普段は担当した方が亡くなってもご自宅にこうやって行くことはしないのですが、何もお手伝いできなかった無力さがあったのと、「また明日」の約束を果たしたかったため。今思えば自己満足のためだったのかもと思います。

この方がまだ病状が進んでいなかった時、人生について沢山お話してくださいました。
50歳で無くなるなんて思っていなかったでしょう。
「後数年で新薬が開発されるんですよ」って希望に満ちたあの顔、私には忘れる事が出来ません。無念だったでしょう。
でもこの方のおかげで私も学ぶことができました。

「命ある限り 毎日を大切に生きるってこと 明日ではなく今をしっかり生きるってこと」
結婚し子供を授かり、今また深くこの言葉をかみ締めてます。
[PR]
by tariho | 2006-09-06 15:54 | その他